Home > サンサンコーナー

サンサンコーナー

企業誘致を町づくりに!

 今回は空き家対策が必要だということの続きを書く予定でしたが、台風24号で感じたことがありますので、中に挟みたいと思います。

 今年は異常気象の為か台風が大変多い年でした。そして台風は私達の若い頃と比べて非常に大型で、風力も強く、甚大な被害を各地にもたらしました。その爪痕は今も残り各地被災地域の人々はその復興に励んでいるところです。

 そういう中で台風24号が石川県を直撃すると言われていましたが、ちょっと南の方にそれて小松市はほとんど台風の影響を受けることはありませんでした。その進路を見て私は石川県の被害は比較的少ないと確信いたしました。長年の経験でこの進路はいつも直撃なのですが、風の影響は白山の向こう側、岐阜県、長野県の方に流れ、ほとんど石川県に影響がないのです。

 雨は常に九州、四国中国地方に落としてしまい、いつも石川県は雨が比較的少ないという状況が常なのです。

 なんという幸運の、いや他の地域の人には申し訳ないのですが、本当に被害が少なく済むので、何故なのでしょうと振り返ってみるとそれは毎日私たちが拝み見る白山のおかげなのではないかと思われるのです。

 この白山が加賀地区の安全を守り続けているのではないかと思われるのです。

 白山に降る雨は手取川となって加賀平野に豊かな実りをもたらすと共に住民に台風の被害を最小にとどめてくれているのです。

 その上、地震の被害も非常に少なく隣県の福井県は非常に大きな福井地震がありましたが、当地では今のところさしあたって大きな地震にも見舞われていません。しかしこの地震というのは我々の人間の生命サイクルではなく、地球という生命体の長い活動の中で起きているので、これから起きる可能性は無い訳ではありません。

 長い歴史を振り返ってみても、京都・大阪そして東京、東北、北海道等の太平洋側は常に巨大な地震に見舞われています。そして太平洋という満々たる水量は地震によって津波となって太平洋岸に押し寄せています。

 過去に津波がここまで来たという目印が各地に残っているそうですが、日本海側ではほとんど海岸線の間近にあるくらいです。これは日本海が浅くせいぜい150mくらいの水深ではよほどの巨大地震が起きない限り、たいした津波にはならないということなのでしょうか。

 こうして考えてくると石川という地はなんと災害の少ない地域なのでしょう。

 この災害の少ない地域に日本の人は皆居住の地を構えられたらいかがでしょう。工場の設置を一考されるべきだと私は思います。

 私達石川人はそれを念頭に町づくり・都市づくりをすべきではないかと思います。

 すぐやりましょう!白山に感謝!!

不動産遊民

都市研究家 調亮

不動産のお話しPartⅨ

 不動産のお話しというのは生活産業といいますか、生活が根本にあるばかりにキリがない程あるように思います。今不動産は産業、経済と大きく結びついています。

 人口が右肩上がりで伸びている時は経済も拡大の一途を辿りました。しかし少子高齢化時代に突入した今、あらゆる経済の縮小化が進んでいると思います。

 その中で特に不動産が影響を受けるのではないでしょうか?

 ベビーブームで急激に人口が増加し、建てた住居がどんどん余り出し、各町に空き家が続出し今や地域の社会問題となりつつあります。

 都会に仕事を求めて行った人達はほとんどがそのまま都会に住みつき、誰も戻って来ない。他に跡継ぎがいる場合はそれで良いのですが、親世代だけが残った家はやがて老人の家となり、その老人が亡くなると、結局空き家になってしまうのです。

 この空き家、今全国に800万戸とか1000万戸とか言われています。この空き家問題が非常に深刻で、そこに住んでいなければ家の管理は行き届きません。特に火災・盗難等安全が確保しにくく、空き家が付近の子供達のたまり場になったり、野鳥や小動物の巣になったりしています。又空き家が古くなると倒壊の恐れがあり、隣近所への安全上大変な問題となっていきます。

 それでも空き家が比較的新しい場合は、貸家にして家賃収入が入るように、最近は不動産経営に参加されるサラリーマンの方も増えているようで、社会の変化に対応しています。

 でも、その貸家が古くなってしまうと最悪で、いずれその空き家を壊さねばならなくなる時がきます。最近はその解体費用がばかにならず、非常に高くつきます。特に街中で連棟式の場合は単独で壊しづらく、隣家の補修費も含めると極端な話、解体費用がその土地代金を上回る可能性もあり、金銭的な理由でほったらかしとなる場合もあります。これはこれからの大問題になると思います。

今私の土地の隣がそうで、外壁が私の敷地側に倒れて非常に危険です。持ち主からはタダでもいいから引き取ってもらえないかと申し出がありますが、タダでもらっても採算が合わなく、誰も引き取り手が無くほったらかしです。

しかしここから問題はもっと大きくなります。それは持ち主、登記権利者がお亡くなりになると、誰もその物件(空き家)をさわれなくなります。そうなるともう放っておくよりしようがなく、家は壊れるに任せ台風大雨なんかが来るともう大変で、家が飛んで歩くというように危険な空き家が街中を壊し始めます。

そしてこれは行政も、法律を改正しないとどうしようもなくなります。もう喫緊の問題であるにも関わらず、なんの対策もしていないのが現状です。この問題については次回話したいと思います。

不動産遊民

都市研究家 調亮

不動産のお話 No.Ⅷ

 前回、これからの町づくりは、行政と民間が一体化してやっていかなければならないというお話をしました。これからの町づくりでは、これが一番必要であろうと思われます。しかし、この官民一体というのがなかなかうまく機能しないというのが世の中の動向のようです。

 うまくいかない原因は何かといいますと、町づくりの具体的なアイディアが非常に少ない事だと思われます。今、老若男女を交えて色々な立場を乗り越え、意見を交換しその方針をまとめ上げていく事が必要です。そして、決まった事、決めた事は必ず実行するアクティブ(行動)が必要だと思います。

そういう意味で小松では草の根的活動が有効ではないかと思われます。そういう活動を始めますと、まず補助金がどれくらい貰えるんかな、から始めたくなります。しかしこの補助金から始まりますと、だいたいが失敗というのが実情ではないかと思われます。

 それは身銭を切ってでも自分の小松への思い、夢の実現をしようという強い思いが欠けているからではないかと思います。逆にまた夢のような大きな話で、実現性が全然ない架空の絵空事を現実の町づくりとして捉えようとする傾向があるように感じられます。

 私たちは今この小松に具体的にどう関与していくか?この社会にどう貢献していくか常に考えなければならなくなってきています。

 深刻な少子高齢化社会が到来します。特に小松のような10万都市はもろに影響を受け、人口減少が極端に進むでしょう。その時に老人の世話は誰がするのでしょう。それは他ならぬ元気な老人がするしかないのではないかと思っています。

 今までの流れでいえば若い者が年寄りの面倒をみるというのが当然の考え方でしたが、その若者がほとんどいなくなれば、元気な老人が元気でない老人の面倒を見るというのが当然でしょう。

 その為にどうしなければならないか、都市計画的に考えてみればそれは、生きがいを持ち健康で知的な老人が育つ環境づくりを小松の都市計画の中に取り入れていく事です。

木場潟の整備により歩ける老人を作り出す、又同様に梯川の整備により、歩ける堤防を作り、歩ける元気な老人をつくる。その上その木場潟・梯川でコミュニケーションができる場をつくる。それに梯川の防災に対する関心を深めていく。そんな都市計画を取り込んでいけば、元気な年寄り、医療費のいらない地域経営を目指せるのではないでしょうか。元気で働き甲斐のある老人の為の施設の設置こそが、必要と思われます。

 老人が老人の面倒をみると発送を変えただけで色々なアイディアが出てきます。今は無い物ねだりではなく、あるものをどう生かしていくか、都市計画の中に取り込んでいくかが大きな勝負の分かれ目ではないかと思われます。頑張りましょう。

 元気な年寄り、健康で意欲を持った年寄りになろう。

          都市 研究家            

不動産 遊民 調 亮

不動産のお話しPARTⅦ

 大変暑い日が続きますが皆さん夏バテしないように頑張りましょう。

 前回は道路の縁石の件についてお話ししたのですが、大変反響も大きく皆様にも徐々に伝わったのかなと嬉しく思いました。

 都市計画の運営についても実に矛盾があります。基本的な矛盾は、この小松の都市計画を守っていったら何が出来上がるのか、どうなるのかを誰も全く理解していない、勉強していないということなのです。そしてこの都市計画は法律として施行されているので開発が厳しく規制、制限されるのです。

 今小松のような規模の都市は少子高齢化、人口の減少という恐怖が迫ってきています。なんとかして人口を増やそう、増えないまでも維持していこうという掛け声だけがかまびすしく叫ばれています。しかし現実を都市計画的にみると、人の住む場所が無く、人が働く場所の開発はほとんどできません。8号線に店舗を構えようとしても、都市計画における商業地域、近隣商業地域は皆無に近く、市街化調整区域が隣接し、ほとんど開発できなくなっています。人が集まり、人が働き、人が遊ぶという基本的なことが既存の施設を生かすしかないというお粗末さです。「人に来てもらおう」、「賑わいをつくろう」という掛け声だけでは町は絶対に活性化されません。実際に政策を具体化する方法といえば都市計画でしか出来ないのに、その都市計画に町を活性化させ、市民生活を豊かにする方策等が何一つという程盛り込まれていない為、逆に役所が町づくりを規制する側に立つという、変な状況に陥っています。

 それなのに誰もそれに気づかないというのはどういうことなのでしょう。今までは人口の自然増加により、経済が右肩上がりで無策でもよかったのですが、これからは有能か無能か、効果ある手段を打ったか打たないかの差は大きな差になると思います。今がそれを実行する最後のチャンスではないかと思われます。

 その実行は実に簡単なのです。都市計画の基本理念を小松市民の豊かさを求めるというところに置き、その為には具体的にどうするか、人が集まりやすい町、その為に働く場所づくり、そして人が楽しめる場所づくり、便利になる交通網の整備と掲げていけば具体的に8号線の整備、街中の古家の再生等々の具体策がどんどん出てきます。

 そのことに対する対策を緻密に具体的にできる都市計画に変えるべきです。全てを行政がするのではなく、行政と民間が一体化してやっていける都市計画こそが求められているのではないでしょうか。行政は民間を取り締まり抑制するのではなく、いかにしたら民間を活性化できるか、協調することこそが、今地域行政に求められているのではないでしょうか。これからの20年こそが小松の行方を決めると言っても過言ではないと思います。

まさしくドラスティックな都市計画の変更が必要です。そうドラスティックでもないのですが・・・?

都市 研究家            

不動産 遊民 調 亮

矛盾がいっぱい道路行政

 今の世の中矛盾がいっぱいです。

 今財政的に行詰まると言われながら、無駄の繰り返し、拡大する一方に感じられるのは私だけなのでしょうか。

 私は道路行政において道路のあるべき姿をこのサンサンコーナーで再三に話し続けてきました。しかし残念ながらこの長い年月の間にも制度は一向に改まる様子がありません。

それは道路縁石のことなのです。私の事務所の前は道路幅が狭い為に歩道と車道との間にブロックの縁石が無く、歩道との境はアスファルト(車道・黒)とブロックタイル(歩道・茶)とに色分けされているだけです。

平面ですから車の出し入れ、人の出入、雪かき等々便利この上もありません。そして大型の車が荷物の出し入れをするにも、半分ほど歩道にかけて止まる為に車道の行き来もスムーズ、歩道も歩くのに何の障害もなく事故も皆無という状況です。何の支障があるというのでしょうか。全く問題もなくそれどころか極めて快適な状況です。

 それに比べて市役所に突き当たる通りは歩道ができ、車道と歩道の間に段差があり、縁石ブロックで仕切られています。今高齢化社会に突入し色々な障害、段差を取り除く運動(バリアフリー)を進めています。この時代に道路に限ってわざわざ車の危険を取り除く為、障害をつけています。車の出入をさせにくく、人の出入は不自由でよく蹴躓き、私自身も蹴躓いて転んだことがあります。そして大型車が停車すると交差がしにくくなり、後ろに車が列を成すという状況が現出しています。家を建てる時はいちいちその縁石を移動しなければなりません。非常に迷惑ばかりかけるだけで肝心の交通事故に対しては平面の場合とほとんど変わらない、いや逆に交通事故の危険が増加すると思えるのに、そんなことに経費をかけてやり続けていくというのはどういう施策なのでしょう。

 旧市内、街中の道路にはブロックの見切りは必要ないのではないでしょうか。305号線とか幹線道路には逆に車が乗りあげることがないような仕掛けのブロックをすべきだと思うのですが・・・。

 このブロックを取り止めるには内規で決まっていて自由裁量でやめることが出来ない仕組みが役所の中でできているのかもしれません。そうとなれば役所の中の仕組みを見直し、それを正す仕組みこそが至急必要なのかもしれません。

 今役所の職員には市民サービスの営業マンとして活動してもらい、市民の意見を聞き、それを取りまとめて実行していく、そんなシステムづくりこそが必要だと思われます。そのことが費用の無駄遣い、無駄な動きを改革していくことにつながっていくと思います。

こんなシステムがこれから大切になるのではないでしょうか?

 小さな道路の改革でありますが、これを手始めに、改革に取り組もうではありませんか。

 不動産 遊民            

都市 研究家 調 亮

不動産のお話しNO.6

 場所とは一体何だろう?また自分の住む場所、居る場所はどこにあるのであろうか?

 ひどい人になると(これは男性に多いそうだが)自分の家に帰っても居る場所がないそうであります。それは実際にないのか、そう自分が思い込んで錯覚しているのかもしれませんが・・・。

 昔から男は、男子たる者裸一貫から自分の場所を築いていきなさいと言われてきました。先人の知恵というか、励ましだろうと思いますが。それほど「場所」というか「面積」というか「空間」というか、この地球上どこにでもあるようにも思われる、自分の立つ場所を確保している人は一体どれほどいるのでしょう。

 「この土地は俺のもんや」「これは法務局に俺の名義で登記してあるから俺のもんや」と言っていても、そうでない場合がたまにあります。この「俺のもんや」は、俺が支配しているから俺のもんや、いや支配するとはどういうことか?、使用収益することか?、ならばそれを支配することによって使用、収益出来るのか?ところが俺のもんやけど使用収益してない人の多いこと。

 ここで不動産屋さんの登場です。これがコンサルタントの対象となり、いかに使用収益すべきかを考えていかねばなりません。その為にはその場所が何に向いているか、いくらぐらいが妥当か等を常に考えていかねばなりません。単純に銀座の場所と小松の三日市の場所を比較してみると漠然とはわかるけれども、実際その差をハッキリと理解している人は少ないように思います。

 その差はその地域を作り上げている都市形成によってできています。その大きな差は人間の居住、活動との緊密さにあるのではないかと思います。自然、地球の規模から考えてみると面積空間において差は感じられないのですが、根本的に違うのは人口比ではないかと思います。

 今、品川駅では1日40万の人が通過しているそうです。金沢の全人口が1日で移動しているのです。その場所に店舗を構えるのと、小松の三日市に構えるのとではどう違うのか、それは商品の売れ行きが格段に違うと思います。しかし地価というか賃料は圧倒的に違うと思います。ではどちらの場所が良いのか単純に比較してみます。大量に販売する付加価値が大きいものは品川、一般に大量にさばけなくともゆっくりゆったりと適売していくには三日市が向いているのかもしれません。

 品川の方が良いのか小松の三日市の方が良いのか単純に結論を出すことはできないのです。なぜならそれはそこで何をするかにかかっているからです。

 いずれにせよ、その場所の差は歴然としているのです。今我々は有史以来の高齢化社会を迎えています。小松の人口が20年後に何人になるのか、人口比率で65歳以上が一家に何人になるのか、何人の人々が小松に住むことによって、今の場所が確保できるのか?我々は常に考えていかねばならないと思います。

 今は短期的な物事の見方ではなく、10年後20年後を見据えた場所づくりこそが求められていると思います。

 10年後、20年後に私達は存在しているのでしょうか?

不動産 遊民            

都市 研究家 調 亮

不動産のお話No.5

 最近の不動産の価格の傾向を見ていると、多分誰も感じておられないだろうと思うのですが、長年不動産に携わった私としては経験上、どうしても腑に落ちない、気にかかることがあります。

 それは何かと申しますと、少子高齢化のこの時代、全国で800万戸以上の空き家が発生しているこの時期に、不動産が値上がりしているということなのです。その値上がりの最たるものが東京地区です。

 これは全国的に人口が減少していく中で、唯一東京だけが人口増加しているので当たり前の事なのですが、加えてオリンピックの誘致により東京自身が活性化し、不動産がバブルに近い程値上がりしているのです。

 この値上がりは東京オリンピックという一大イベントが終わった時、どのような動きをみせるのか、プロも読めない展開になるのではないかと思います。 いずれにしろ東京地区の一人勝ちは間違いないところだと思われます。

 ところが、それだけなら不思議ではないのですが、金沢等の不動産も値上がりして、今金沢地区の優良不動産はもちろん、ほとんどの不動産が売り手市場となり、売り物件がほとんど無いという状況が現出しているのです。

 これは皆さんにもすぐお分かりの事だと思いますが、北陸新幹線の影響だと思います。北陸新幹線の開通により東京金沢間が日帰り地域として成り立ち、リピーター客が金沢にあふれています。やはり人が集まって活性化してくると不動産は値上がりするものなのです。

 しかし、その個別性とは別に不思議に感じられる動き、各地方において収益物件の販売が盛んに行われ、都会特に東京等の人が地方の利廻り物件を求めて来られるケースが非常に増えたということなのです。

 今は投資ブームで不動産賃貸有利性を説いたセミナーが大はやりで、東京の高給サラリーマンがどんどん地方に投資してきているのです。東京の物件は2%とか3%の利廻りなのですが、地方でのそれは10%から12%なので投資し易い面があり、どんどん地方、特に県庁所在地等の物件が投資の対象になっているのです。これも「金持ち父さん貧乏父さん」の本の影響もあるのかもしれません。私も不動産を始めた時から投資物件に興味を持って30有余年投資してまいりましたが、2040年には人口減少が顕著になるというこの時期に地方の物件が売れ、不動産が値上がりしていっているという事実はいったいどういうことなのでしょう。

 でも私の読めない動き、例えば外国の人が日本に住み、日本の不動産を活性化させるという動きが出てくれば、不動産、特に収益物件というのは面白いのかもしれません。この20余年という短いようで長いような期間に投資をかけているのかもしれません。

 でもその頃には私等はもういないでしょうか・・・?

不動産 遊民      

都市 研究家 調 亮

不動産のお話 NO.4

 最近嬉しいことがありました。小松大和跡地にビルが完成し、小松大学が開校しホテルがオープンしました。そしてなにより1階にBOOKカフェ「プロント」がオープンしたことです。

 このプロントは図書館とレストラン喫茶が併設され、今までの小松になかったようなコンセプトで作られている為、なんとなく都会的な又よく言えば自由な空間ができ、コーヒー1杯がレギュラーで240円と割安で、若い店員が気持ちのいい笑顔とキビキビした態度で接客してくれます。聞けばプロントは全国チェーンの店舗らしく、垢抜けた都会風な雰囲気を我々に提供してくれます。

 他人の眼なんか一切気にしないで一人でコーヒーを飲みながらユッタリと読書する、大通りを通る人をボンヤリ眺める、喫茶店内は意外と私の知り合いの小松人が少なく、小松大学関係者、教授、職員、大学入学予定者等の県外から来たように思われる若者達がコーヒーを飲みながら、またパスタを食べながら、パソコンをしている姿は今までの小松になかった雰囲気を醸し出しています。

 私もここが大好きでコーヒーを飲みに行き、読書をしてユッタリとした時間を過ごしています。

 あの空間は大ヒット、その上公立大学が開校された為に若者が小松に定住するという人口増に繋がりました。意外と県外からの学生も多く、市内のアパートはあっという間に一杯になり喜ばしい限りです。これは和田市政大当たりだと思います。

 しかしこの事業は一時的なものではダメです。大変な努力が必要と思いますが、永続させなければなりません。住んで楽しい小松、学んで楽しい小松、定住したくなるような町小松づくりこそがこれから必要です。

 大学経営は少子化の影響で非常に難しくなってきています。子供たちの大都会志向に対抗していくことは並大抵の努力では経営していけないと思われます。今これで終わったのではなく、「これからの小松町づくりが始まったとみるべきです。我々小松人は官民を挙げて県外の人々を小松に呼び寄せる町づくりこそが今求められていると思います。

 今大学によって一点の風穴が開けられました。この風穴を大きく広げていく町づくり、その為の組織づくり、都市計画等の法的整備こそが喫緊の課題であると思います。

 今の小松の都市計画は県外から移住してくるのに優しいとは決して思えません。みんな市民は人口を増やさねばと思っています。しかし、仕事場を作ること、住む場所を提供することに対して、実に難しく、思いとは逆に人が入れない、来ないようにしているとしか考えられない施策がなされているように感じられるのは私だけなのでしょうか?

 古い矛盾のある都市計画を破棄して、もっともっと新しい都市計画を策定することが必要になってきていると思います。

 今、駅前に大学をつくるという単独の施策等ではなく、全体を見据え、大きな広がりへと進めていくには全体を眺める都市計画こそが今求められているのだと思います。規制の緩和こそが今必要だと思います。

 プロントは本当によかった!!

不動産 遊民            

都市 研究家 調 亮

不動産のお話し No.3

 前回、不動産はどんどん劣化していくというお話をしました。

 人間の寿命はどんどん延びて、今や平均寿命は男性で80才、女性では88才です。これが健康寿命(健康年齢)となりますと71.4才となり9才程下がりますが、この健康年齢こそが物を正常に使用できる年齢という事になると思います。

 今私達日本人は大多数が木造住宅に住んでいます。この住宅の実耐用年数は20年~30年と言われています。これを単純に人間の寿命と比較してみますと、ひとりの人間が一生の内で2軒か3軒の家を所有していかねばならないという事になるのです。せめて人間ひとりの一生を網羅できるような、耐用年数80年以上の住宅というものの追求こそが今求められているのではないかと思います。大家族制が崩壊した現代においては、やはり100年住宅というものがこれから求め続けられるのではないかと思います。

 その100年を保ち、住み続けられる街、環境が整った地域づくりこそが私達不動産業界が提案していかねばならない事だと思います。

 今日本の地域が100年持つのか?住まいが100年持つのか?自然環境としての環境、人工的な環境として100年維持できるのか、維持できるような地域づくりこそが喫緊の問題ではないかと思います。

 今の街づくり、都市計画は本当にデタラメで、もっと計画的な街づくりが必要と思われるのに、全く地元に住む人が意識していないというか気付いていない状況です。その必要性が全く意識されていません。100年後の小松地区が目指すものは一体何なのでしょう。今私達小松市民は100年後の小松をどうイメージしているのでしょう。成り行き任せにしてやるのも一つの進む方向かもしれませんが、小松のような零細都市は差別化してひとつ目標を設定し、集中した街づくりをする事こそが必要なのではないかと思います。

 小松市には大きな梯川が流れ、木場潟という湖があります。私達人間は水というものに郷愁を感じ、近寄っていく性行があるようです。この水の流れを都市計画に取り入れ、小松市民の生活スタイルに取り入れる事が大切ではないかと思います。今木場潟周辺を歩く市民の多いこと、これは小松市民を健康にし、元気な小松市民をつくっていくと思われます。この事から梯川周辺を散策する習慣をつくるような梯川整備こそが都市計画に盛り込まれるべきだと思います。

 今私達小松人は歩く習慣、車離れの習慣を身に付け、「歩く街小松」を都市計画の中に盛り込み、健康な市民づくりこそが未来の都市計画に必要ではないかと思います。

 今の少子高齢化社会において、元気な老人、健康な市民づくりこそが今一番街づくりに求められるのではないかと思います。

 歩く街、自転車で走り回る街づくりをしましょう。

不動産 遊民    

都市 研究家 調 亮

不動産のおはなし No.2

 高齢化が重大な社会問題となってきている今日この頃です。人は必ず老いて死ぬという事は誰しも知っている事ですが、殆どの人が老齢化、死というものに恐怖感を抱いています。それは、若い時にはできた事ができなくなり、記憶力も衰えて物覚えも悪く、昔記憶できていた筈の事ばかりでなく、今あった事ですら忘れてしまうという状況で、人はその事に恐れを抱いています。そうなると、自分の身体がどんどん老化、劣化していく事に不安感を隠せません。

 しかし老化劣化していくのは人間の身体だけではなく、不動産もまさにそうなのです。否、あらゆる物、建物、道路、橋等々ばかりか、組織化された社会ですら老化劣化していってしまいす。

 何でも新しく造った当初は美しくて快適なのですが、年月の経過により劣化する事は避けられない現実です。しかし人は、この年月の劣化、歳をとるという事に実に鈍感になっているように思うのは私だけなのでしょうか?今、高速道路が日本中に張り巡らされて非常に便利です。どこへ行くのも不自由なくいける訳ですが、この高速道路は必ず老化劣化します。この老化劣化に対し、常々修理していかねばなりません。修理を放置しておくと耐用年数が短くなり、すぐに造り替えが必要となります。それぞれに個別性はあると思うのですが、一般的に新しく造る時より、造り替えの時の方がコストがかかります。今現在あるものを使いながら壊し、また新しく建設しなければなりませんから。経費は新築時の比ではなく、数倍かかると思われます。これを予算化しているのでしょうか?

 以前は高速道路は30年ぐらい経過したら、料金は無料化すると言われていました。今はとてもとても・・・。反対に値上げしないとやっていけない状況のようです。

 今の日本社会は、この高速道路のようにどんどん建設され、それがどんどん古くなってきています。これからいろいろな故障が続出してくるでしょう。その時の対応は大丈夫なのでしょうか?

 今や不動産もいろいろな住宅が新築されています。この住宅は木造で20年ぐらいの耐用年数と言われています。住宅の空き家が日本中で800万棟と言われ、これからの少子高齢化社会においてどんどん社会が変化していく中で、一番鈍感なのが官庁だと思います。何故なら未だに抑制政策を取り続けているからです。今後社会的責任を負わねばならない官庁が、法律の未整備による責任逃れを繰り返しているうちに日本の国力がどんどん衰退していくのが目に見えるようです。

 今、日本社会はドラスティックに変化収縮しようとしています。こんな中で、社会の考え方、見方を変えていかないと社会がどんなになるかと心配です。今こそ国民の意識をバブル型、右肩上がり型から、右肩下がり、経済成長率を収縮型に切り替えていかなければ大変な事になると思います。

 これからの社会は物の考え方から全てを変えていかないと壊れてしまいますよ。全く今迄の考え方から逆の発想が必要とされてくるのです。

都市研究家・不動産遊民 調 亮

ページの先頭へ