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サンサンコーナー

不動産のお話 NO.4

 最近嬉しいことがありました。小松大和跡地にビルが完成し、小松大学が開校しホテルがオープンしました。そしてなにより1階にBOOKカフェ「プロント」がオープンしたことです。

 このプロントは図書館とレストラン喫茶が併設され、今までの小松になかったようなコンセプトで作られている為、なんとなく都会的な又よく言えば自由な空間ができ、コーヒー1杯がレギュラーで240円と割安で、若い店員が気持ちのいい笑顔とキビキビした態度で接客してくれます。聞けばプロントは全国チェーンの店舗らしく、垢抜けた都会風な雰囲気を我々に提供してくれます。

 他人の眼なんか一切気にしないで一人でコーヒーを飲みながらユッタリと読書する、大通りを通る人をボンヤリ眺める、喫茶店内は意外と私の知り合いの小松人が少なく、小松大学関係者、教授、職員、大学入学予定者等の県外から来たように思われる若者達がコーヒーを飲みながら、またパスタを食べながら、パソコンをしている姿は今までの小松になかった雰囲気を醸し出しています。

 私もここが大好きでコーヒーを飲みに行き、読書をしてユッタリとした時間を過ごしています。

 あの空間は大ヒット、その上公立大学が開校された為に若者が小松に定住するという人口増に繋がりました。意外と県外からの学生も多く、市内のアパートはあっという間に一杯になり喜ばしい限りです。これは和田市政大当たりだと思います。

 しかしこの事業は一時的なものではダメです。大変な努力が必要と思いますが、永続させなければなりません。住んで楽しい小松、学んで楽しい小松、定住したくなるような町小松づくりこそがこれから必要です。

 大学経営は少子化の影響で非常に難しくなってきています。子供たちの大都会志向に対抗していくことは並大抵の努力では経営していけないと思われます。今これで終わったのではなく、「これからの小松町づくりが始まったとみるべきです。我々小松人は官民を挙げて県外の人々を小松に呼び寄せる町づくりこそが今求められていると思います。

 今大学によって一点の風穴が開けられました。この風穴を大きく広げていく町づくり、その為の組織づくり、都市計画等の法的整備こそが喫緊の課題であると思います。

 今の小松の都市計画は県外から移住してくるのに優しいとは決して思えません。みんな市民は人口を増やさねばと思っています。しかし、仕事場を作ること、住む場所を提供することに対して、実に難しく、思いとは逆に人が入れない、来ないようにしているとしか考えられない施策がなされているように感じられるのは私だけなのでしょうか?

 古い矛盾のある都市計画を破棄して、もっともっと新しい都市計画を策定することが必要になってきていると思います。

 今、駅前に大学をつくるという単独の施策等ではなく、全体を見据え、大きな広がりへと進めていくには全体を眺める都市計画こそが今求められているのだと思います。規制の緩和こそが今必要だと思います。

 プロントは本当によかった!!

不動産 遊民            

都市 研究家 調 亮

不動産のお話し No.3

 前回、不動産はどんどん劣化していくというお話をしました。

 人間の寿命はどんどん延びて、今や平均寿命は男性で80才、女性では88才です。これが健康寿命(健康年齢)となりますと71.4才となり9才程下がりますが、この健康年齢こそが物を正常に使用できる年齢という事になると思います。

 今私達日本人は大多数が木造住宅に住んでいます。この住宅の実耐用年数は20年~30年と言われています。これを単純に人間の寿命と比較してみますと、ひとりの人間が一生の内で2軒か3軒の家を所有していかねばならないという事になるのです。せめて人間ひとりの一生を網羅できるような、耐用年数80年以上の住宅というものの追求こそが今求められているのではないかと思います。大家族制が崩壊した現代においては、やはり100年住宅というものがこれから求め続けられるのではないかと思います。

 その100年を保ち、住み続けられる街、環境が整った地域づくりこそが私達不動産業界が提案していかねばならない事だと思います。

 今日本の地域が100年持つのか?住まいが100年持つのか?自然環境としての環境、人工的な環境として100年維持できるのか、維持できるような地域づくりこそが喫緊の問題ではないかと思います。

 今の街づくり、都市計画は本当にデタラメで、もっと計画的な街づくりが必要と思われるのに、全く地元に住む人が意識していないというか気付いていない状況です。その必要性が全く意識されていません。100年後の小松地区が目指すものは一体何なのでしょう。今私達小松市民は100年後の小松をどうイメージしているのでしょう。成り行き任せにしてやるのも一つの進む方向かもしれませんが、小松のような零細都市は差別化してひとつ目標を設定し、集中した街づくりをする事こそが必要なのではないかと思います。

 小松市には大きな梯川が流れ、木場潟という湖があります。私達人間は水というものに郷愁を感じ、近寄っていく性行があるようです。この水の流れを都市計画に取り入れ、小松市民の生活スタイルに取り入れる事が大切ではないかと思います。今木場潟周辺を歩く市民の多いこと、これは小松市民を健康にし、元気な小松市民をつくっていくと思われます。この事から梯川周辺を散策する習慣をつくるような梯川整備こそが都市計画に盛り込まれるべきだと思います。

 今私達小松人は歩く習慣、車離れの習慣を身に付け、「歩く街小松」を都市計画の中に盛り込み、健康な市民づくりこそが未来の都市計画に必要ではないかと思います。

 今の少子高齢化社会において、元気な老人、健康な市民づくりこそが今一番街づくりに求められるのではないかと思います。

 歩く街、自転車で走り回る街づくりをしましょう。

不動産 遊民    

都市 研究家 調 亮

不動産のおはなし No.2

 高齢化が重大な社会問題となってきている今日この頃です。人は必ず老いて死ぬという事は誰しも知っている事ですが、殆どの人が老齢化、死というものに恐怖感を抱いています。それは、若い時にはできた事ができなくなり、記憶力も衰えて物覚えも悪く、昔記憶できていた筈の事ばかりでなく、今あった事ですら忘れてしまうという状況で、人はその事に恐れを抱いています。そうなると、自分の身体がどんどん老化、劣化していく事に不安感を隠せません。

 しかし老化劣化していくのは人間の身体だけではなく、不動産もまさにそうなのです。否、あらゆる物、建物、道路、橋等々ばかりか、組織化された社会ですら老化劣化していってしまいす。

 何でも新しく造った当初は美しくて快適なのですが、年月の経過により劣化する事は避けられない現実です。しかし人は、この年月の劣化、歳をとるという事に実に鈍感になっているように思うのは私だけなのでしょうか?今、高速道路が日本中に張り巡らされて非常に便利です。どこへ行くのも不自由なくいける訳ですが、この高速道路は必ず老化劣化します。この老化劣化に対し、常々修理していかねばなりません。修理を放置しておくと耐用年数が短くなり、すぐに造り替えが必要となります。それぞれに個別性はあると思うのですが、一般的に新しく造る時より、造り替えの時の方がコストがかかります。今現在あるものを使いながら壊し、また新しく建設しなければなりませんから。経費は新築時の比ではなく、数倍かかると思われます。これを予算化しているのでしょうか?

 以前は高速道路は30年ぐらい経過したら、料金は無料化すると言われていました。今はとてもとても・・・。反対に値上げしないとやっていけない状況のようです。

 今の日本社会は、この高速道路のようにどんどん建設され、それがどんどん古くなってきています。これからいろいろな故障が続出してくるでしょう。その時の対応は大丈夫なのでしょうか?

 今や不動産もいろいろな住宅が新築されています。この住宅は木造で20年ぐらいの耐用年数と言われています。住宅の空き家が日本中で800万棟と言われ、これからの少子高齢化社会においてどんどん社会が変化していく中で、一番鈍感なのが官庁だと思います。何故なら未だに抑制政策を取り続けているからです。今後社会的責任を負わねばならない官庁が、法律の未整備による責任逃れを繰り返しているうちに日本の国力がどんどん衰退していくのが目に見えるようです。

 今、日本社会はドラスティックに変化収縮しようとしています。こんな中で、社会の考え方、見方を変えていかないと社会がどんなになるかと心配です。今こそ国民の意識をバブル型、右肩上がり型から、右肩下がり、経済成長率を収縮型に切り替えていかなければ大変な事になると思います。

 これからの社会は物の考え方から全てを変えていかないと壊れてしまいますよ。全く今迄の考え方から逆の発想が必要とされてくるのです。

都市研究家・不動産遊民 調 亮

戊(つちのえ)戌(いぬ)年です

私は六巡り目の年男です

戊戌の年は勢いが増す変わり目で 新しい進化の動きが生まれる年と言われています

マンネリ化を避け 守るべきものは守り 諸々の変化に対応できるよう 柔軟な頭脳と素早い対応を心がけます

 今世界は宗教戦争・経済戦争が激しく 我が日本もその荒波を避けようもなく 巻き込まれようとしています

 しかし地球環境はそんなこととは関係なくどんどん悪化していっています 私達は世界に先駆け環境を整えるべく都市のあるべき姿を追求活動していかねばと思っています

 私は微力ながら不動産遊民・都市計画家として街づくり 都市づくりに邁進していきたいと思います

 街づくりは人づくり 地域づくりです 

社員一同地域と共に育つ事を目標に活動したいと思います 

本年もご愛顧の程宜しくお願い申し上げます

 

国政選挙を終えて雑感

 選挙もようやく終わり、街にも静けさが戻ってきたというのは大げさに感じられる程静かな選挙でした。そして争点も政党の主張もあまり違いが無く、とにかくだらけた選挙であったというのが私の印象です。

 現実の政策路線からかけ離れた事を主張している政党が生き残っている現実を見ても日本は平和な良い国だなあと感じます。

 期間中、立候補者の名前を連呼するだけの選挙カー、外国人から見たら異様に見えるらしいのですが、未だに改善できません。候補者が改善の能力がないのか国民の程度が低いのか?とにかく私にはよく分かりません。あれで候補者の良し悪しを判定できるとしたら余程の天才か?はたまたいい加減なのか?としか言いようがないです。この状況を延々と何十年も続けてきている現状を見ると、もういい加減にせいー!と思っているのは私だけなのでしょうか?

 あんな事も改善できなくて、行政改革、憲法改正等の大問題を解決する能力があるのでしょうか。私達は選挙運動一つ見てもひどい人を選んでいるのではないかと心配です。

 国民の代表としてどんな人材が求められるのか?まず、地域の状況をよくつかみ、法律をよく知りながら世の中を改善するようにそれを改正し、世界の情勢を知り、世界の動きに対応できる日本とする為にどうすべきかを考えられる人。国民の意識を、他国に守ってもらうのではなく自国民で如何に守っていく気概を持つ国にする為にどうすべきか常に考えていく王道を極めていく人。そんな人を選びたいのですが、もうさっぱり分からない。そんな人が今の日本人にいるの?と思えるぐらい人材不足なのか、いや潜在能力を持った人が実はいっぱいいるのか?

 期待だけが大きく膨らんでいますが、国会に質疑答弁を聞いた途端こんな人を選んだのかとガッカリする、こんな繰り返しをいつまで続ければ良いのでしょうか。

やっぱり選挙制度の改正しかないのか?

でも今の選挙で当選した人たちで改正できるのかと考えるだけでも鬱陶しくなります。

 今日本国内は非常に景気が良いと個人的には思います。この景気を持続させていく為にはせめて政策的後押しが必要です。これこそが今政治がしなければならない喫緊の課題です。

 その上日本国外の事情は非常にきな臭くなってきています。そんな中で年寄りばかりの日本に軍隊を持つと言っても60才代の軍、70才代の軍、考えただけでも楽しい?若い年代の軍隊なんて作れるの?と考えただけでも楽しい?状況がいっぱい目白押しです。そんな中で自民党が圧勝して、今正常な方向に軌道修正するチャンスがきたのかもしれません?

基本的にあるべき姿に戻すチャンスなのかもしれません。いつまでも敗戦のショックを背負っているだけでなく、日本国民として誇りの持てる日本を築きましょう。

それにしても、何もしなくてただ議論しているだけ、他人の揚げ足を取るような国会運営でやっていける日本は、今幸せの絶頂なのかもしれません・・・?!

都市研究科・不動産遊民 調亮

民主政体について

 今、世界では民主主義による政体が最も優れたものという事で、ほとんどの国で行われています。また民主体制でない国でも理想とし目指しているのが現状です。                  

 民意による選挙は地方の首長選では1票でも相手を上回れば勝ち、国では上から順に得票の多い方が当選となり、投票率がどんなに低くても、極端な話50%を大きく割り込む投票率でもその選挙は有効となります。投票率30%台で民意を反映しているのかとなると疑問符をつけざるを得ません。

 この民主政体はBC5世紀にアテネで始まったと言われています。その時頃のアテネの人口は5~6万人といわれ直接投票でした。

 この頃の民主主義による政体は意見が色々と分かれ、その考え方の元、いくつかの派閥に分かれているのは、今の国会と同じ状態が生じているのです。既に2500年前に同じ状態が生じていたのです。

 という事は、議会制民主主義であろうと、直接民主主義であろうと意見の違い、考え方の違い、哲学の違いを議論によりすり合わせるという事は、今の国会を見ていると至難の業であると思わざるを得ません。もっともっと民意というものが円熟してこなければ本当の議論を深めることはできないと思います。

 これは民主主義発生の地ギリシャのアテネにおいてBC450年頃から同じ悩みがあったらしく、人間の性は古代より変わらないものだなとつくづく感じます。

 あまり人数が多くなって各人の意見が出だすと、自分の意見に固執し、収集がつかなくなり、大衆の意見に迎合してしまい、結果的に衆愚政治に堕してしまうという結果になっているようです。

 今、世界各国を見廻しても過半数以上の議席を確保している政権はほとんどなく、中国等の共産国家か独裁国家が一党独裁している以外はほとんど連立をしていかないと政治ができないという状況で、その状況は増々強まっているように思われます。

 それは何故か?それは人は個人個人、一人一人の意見が一つの事に対しても全く違うことが多いからです。まず育った環境によって違うし、その人の利害によっても違う、また、この利害の違いは曲者で、相手の意見には賛成だが、利害が相反するという事になると全く反対になってしまう。例えば、行政改革の1つで議員の削減を取り上げても、まずほとんどの議員が反対し、国民の90%以上の人が議員はあんなにたくさん必要ないと思っているにもかかわらず、削減できないという現実があるわけです。

 行政改革という改革には常に利害が絡んでくるわけです。この利害は意見の対立を生み、これに民主政体が絡み、複雑になっているわけです。

 先日、実に解り易い選挙というか、国民投票がある国で行われました。それはEU継続か、離脱かという国民投票でした。結局EU離脱派が勝利したわけですが、国民投票のわずか数%、離脱派が上回ったからといって半数に近い人々が継続を希望しているのに、その政策はドラスティックに変更されています。

この政策論争も、国民投票に頼るというやり方自体にも、私は民主主義の限界というか行き詰まりを感じますが、この問題はまたの機会に述べることにし、民主主義の本論に入っていくことにします。次号に続く。

都市研究家・不動産遊民

調 亮

少子高齢化 PART Ⅳ

 この8月に私も71歳になりました。まさか私がこんな歳になるなんて思いもしませんでした。私のまわりはほとんど定年退職して、年金生活者ばかりになってきました。前回にも言ってきているように、今ある資源(年寄)をうまく使える社会システムを作っていくべきだという主張は、これから重要度を増してくると信じています。

 その為には社会システムの構築もさりながら、老齢者本人の資質の改善、能力の開発、健康な体の維持etcが求められ、そしてその人の能力を冷静に見極める力量が社会に求められてきています。しかしこの力量を見極める能力というのは非常に難しく、一律に年齢が来れば定年、リタイアメントという形で、社会から葬り去ってしまっているのが現状です。この力量をはかるという能力で気になることがあります。

 私は高校大学を卒業して、もう50年近く経過しているにも関わらず、どこの高校を卒業してどこの大学を出たかという事がいまだに評価の対象になっているように思います。まして、東大なんか卒業していると世の人々は尊敬のまなざしで人を評価します。その上、上級官僚にでもなっていれば、一般人は皆評価して講演依頼をして喜んで拝聴しています。私もこの手の人の講話をよく拝聴していますが、あまりレベルの高いものはありません。特に政治家の話、元官僚の話等は実にレベルが低く聞くに堪えないものが多々あります。

 これは、社会が学歴とか職歴とかによってのみ人を評価する風潮が大勢を占めて、その人の力量を冷静に見極める能力が不足していることの証しではないかと思います。

 今は、社会システムがある程度出来上がってしまい、組織が硬直化し、人事が硬直化し、情実的になり、たいした能力が無くてもやっていける平和な時代なのです。でもこんな平和な時代はいつまでも続くはずがないのです。もうこの少子高齢化社会そのものが社会の大変革を起こすのです。そして今この変革に対する硬直した官僚機構で対応できるのかというのは、この官僚が作り上げた規制≪規制は日本の国をまさにダメにしていくと思われるのですが≫に対して何の対策もせずに、今さえ、自分さえ良ければいいという官僚天国に胡坐をかいたままでは世界から取り残されてしまうのではないか、と危惧しているのは私だけでしょうか?その元凶は東大卒のエリートによって運営されているのです。もう中央政府にはいつくばる卑屈な心を捨て去り、自分で考え、自分で判断する独立した考えを一人一人が持ってもよいのではないかと思うのですが。そしてやはり原点に戻り、元気な高齢者をうまく使い、子供を作って育てる環境づくりこそが喫緊の問題ではないかと思います。

 もっともっと本質・本物を見極めていく力量を我々は身につけましょう。

               調 亮

少子高齢化 PARTⅢ

 稲田防衛大臣が辞意を表明し、蓮舫民主党代表も辞意表明と何かとかしがましい状況です。その原因といえば単純というか幼稚というか、こんな原因でこんなことを国政の場でやっているのかと思うと情けなくなります。

まさに愚民政治の典型だなと改めて感じます。

 今、対外的には尖閣諸島、北朝鮮漁民の領海侵犯によるイカ漁の障害、ミサイル攻撃etc色々な難問題を抱えています。国内的には年金問題、経済問題が山積しているこの時期に、いやな事にほっかむりして人を中傷することしかできない政治家が何人いても解決策が出そうもありません。全て官僚任せにして全く言いなりになり、その内容すら理解できないような状況です。

 今閣僚は国の将来を見据えて法制化しているのでしょうか。今さえうまくやっていければよいと考えるのはいい方で、自分の保身にのみ走る傾向が強く感じられるのは私だけでしょうか?そしてやっていけなくなれば税金を上げれば良いという耽落的な手法しかアイデアが無いではお粗末そのものです。このまま増税にのみ頼っていると国民が逼塞してしまい、国民自身の元気が無くなります。

 今の若者は独立の気概が私たちの若い頃に比べて低いように思われます。親方日の丸的な考えで就職先の一番人気が公務員では国の先行きも見えてくるようです。ここはやはり若者が独立してやりたいことが出来る環境づくりこそが必要だと思います。その環境とは若者が独立したい気持ち、独立した時の報奨が独立しない人より恵まれている事を感じられることが必要です。

 その為には法制こそが今一番求められることではないでしょうか!その法制化の一番は税制だと思います。この税制が独立をしたい気にさせる、そんな改革が必要だと思います。又、若者が海外で事業をする為の支援体制が必要です。これも税制で解決できるかもしれません。そして若者が結婚して子供をつくる、育てる姿勢、特に女性(母親)が社会に貢献しながら子育てができる、その環境こそが今一番求められるのではないでしょうか?

 今や優秀な若者がいっぱいいます。それを何も考えない親方日の丸主義にどっぷりつからせて無能者にするのは、今の政治の責任だと思います。今の政治は少子高齢化社会の訪れに対し、老人ケアの施設を作るのが唯一の政策だと思っている節がありますが、それだけでは足りません。いかに元気な年寄りを作りその人達をいかにして社会貢献させていくか、という施策こそが今求められていると思います。

 その施策とは法制化であり、その施策の主なものは税制ではないかと思っています。もっともっと国民生活を熟知した細かな思いやりのある法制化こそが求められているのです。

 今国民の生活の規範たる民法が、時代の経過と共に古くなってきています。この少子高齢化社会に合わなくなってきている現状をどう考えているのでしょう。もっともっと勉強して国民生活になじんだ法制化を成し、世界に通用するすばらしい国づくりをしましょう。

不動産ゆうみん&都市研究家 調 亮

少子、高齢化社会 PARTⅡ

 今、日本は世界でも珍しい程の、未だかつて人類が経験した事の無い高齢化社会に突入しています。前回その為には高齢者を中心とした社会を作らねばならないのではと述べさせていただきました。今回は少し視点を変えて高齢化社会の中の民主政体というものについて考えてみたいと思います。

 今私は民主政治という政体に非常な危機感を持っています。それは以下のように愚民政治に陥るのではないかという疑念を持っているからです。日本の政体は国民の総意といわれる選挙によって代議員を選び、その代議員が首班を選び首相となり、議員制民主主義により国が運営されています。つまり民主主義の基本である選挙で議員を選び出しているのです。しかし今、この選挙が人気投票の様相を帯び、その選挙で選ばれる人はどんな考え方の人でどんな資質を持ちどんな性格の持ち主なのか、個人的なことは何一つ解らず、元官僚であったとか議員の秘書であったとかで選ばれています。それは建前として、国民の意志として国政を任せたとして選ばれています。でも今の国民はそんな重大な選択をしていると意識しているのでしょうか。一旦選ばれると国民の意志として一人歩きし、国民が思っている方向と少しずれているとしても勝手がまかり通っていってしまう、摩訶不思議が通っています。そしてその行政機関も派閥の論理で、能力のある人無い人を含めて執行機関が組織され政策が行われていきます。

執行能力に関係なく指名されているため、失言も失態も多く、議会は非難中傷の嵐で建設的な政策論議は国民の全然わからないところで行われているか、あるいは全然行われず官僚の意図のみで行われているのではないかと危惧されます。それも最近は日本国内だけの問題であればその影響も少なく済むのですが、諸外国との関係、交流・交渉等が入ってくると全く外国に歯が立たない感さえあります。

 今日本は平和な老人天国です。でもこのままでは老人天国ももうすぐ終わり、これから苦難の道が待ち構えているのというのに、このような無能力的な行政でよいのかということを考える時、この民主政体の限界のようなものを感じるのは私だけでしょうか。

 今60歳以上の人が一家に二人以上という家族で、年寄りばかりの選挙民が選ぶ人は、世のしがらみとかに大きく左右されず、本当に政治に向いている人を、指導者として王道を極めた人を選べるのかというと本当に疑問です。

 今の日本に老人の王道楽土を築き、世界の高齢化社会の範となる為に、我々は世の中の動きを見、10年先20年先の世を読み、先手を打っていける、そんな政治家を選べるシステムを作っていかなければならないと思います。そうしなければ世の中で政治家が最も劣っているといっても過言でない時代がやってくるかもかもしれません。

 一億総痴呆時代がやって来るこの時代に、なんとか住み良い社会づくり、システム造りのできる政治家に登場して頂きたいものです。そんな政治家を選べる老人になりたいものです。

不動産ゆうみん&都市研究家 調 亮

今 日本は……

 今、日本は凄まじい勢いで少子高齢化社会に突入し、社会的変化が至る所に出てきています。具体的な影響はこれから出てくるのだろうと思いますが、影響が出始めてから対策を考えるようでは遅きに失する気がします。

 そんな中で、社会は老人対策をしているのでしょうか?今私が言いたい老人対策とは、デイサービス等老人を収容する施設を作ることではなく、老人が住みやすい世の中づくりの事なのです。老いれば目が薄くなり小さい字が見えづらくなってくるのに、いろいろな文書や書類の字は小さいままです。近所の商店は後継者不足で廃業が増え、新しくできる商業施設は車社会に対応して大きくなる一方です。

 最近沖町にオープンした北陸最大級のショッピングモールは、我々年寄りには広すぎて迷子になりそうです。もっとも、屋根付き散歩道としては丁度良い具合なのですが・・。

 店内の商品は品揃えといい、色といい、形といい、我々の年代を対象にしたものはなかなか見当たらず、喫茶コーナー、レストラン等その一つ一つが私には馴染めないものに感じられました。

 これでいいのでしょうか?いけないと思います。今の時代は戦後のベビーブーム世代が老人の仲間入りをして人口の3分の2が年寄りといわれる少子高齢化社会なのです。この老人時代にどうして社会を老人向きにシフトしないのか不思議でなりません。

 老人中心の商品構成、老人中心の健全な施設、スポーツ施設、ゴルフ場・・・等

 今のような世の中では我々老人世代がどんどん社会性を失うようなシステムになってしまい、早く引退して早くお亡くなりになった方が良いですよと言わんばかりです。

 年寄り向けの背広ショップ、衣料ショップ、レストラン、喫茶店etcをどうして作らないのか・・?少なくなった若者をターゲットにしていたのでは、お客が減少するのも当然ではないかと思います。今まで人口が増加し、経済が右肩上がりの時は社会の構造が若者中心で良かったと思うのです。社会が変化し、元気な年寄りが大多数を占めるこの時代では、当然老人中心に社会構造をシフトし直しする事が必要なのではないかと思われます。

 これからは元気な年寄りが働き、消費し、活動できる社会を作る事が必要ではないかと思います。元気な年寄りがショッピングできる、食事ができる、飲みに行ける、etc.そんな場所づくりこそが必要とされているのではないでしょうか?

 結婚しなさい、子供を作りなさいという活動も必要ですが、少しでも元気な年寄りをつくる事が活動の中心になるべきだと私は思います。その元気な年寄りに社会を支えてもらう為に老人割引、老人無料のサービスをやめて若者(18才未満)無料のサービスをすべきです。例えば、兼六園の入場料は年寄りからはきっちり貰う、若者は無料にすべきです。食事も量の少ない美味しい料理を提供する。食べ放題なんか愚の骨頂です。あくまで年寄り中心の社会にシフト替えこそが今必要ではないでしょうか!

調 亮

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